いそべさとしのホームページ


大学院をやめて公務員になられる方へ
〜経験者が語る〜
 私は1998年、大学院博士課程をやめて地方公務員になりました。当時は、現在ほど大学院の数も多くなく、さらに5年制の博士課程から全く関係ない分野に進んだ人が珍しかったため、大学院の中ではかなり話題になったようです。
 しかしながら、最近では「オーバードクター問題」が一般紙でも取り上げられるほど、大学院生の就職問題が社会問題化しています。修士号や博士号は取ったけれど適切な就職先がなく、かといって民間企業就職は事実上無理という人が増加してきているようです。大学院の数が増えすぎたこと、少子化で大学・短大の数が減少していること、入社時に専門性を要求されない日本の企業風土など、さまざまな要因があると思いますが、当事者としてはなんとか食べていかなければならないわけで、評論だけしていても仕方がありません。

 その中で、就職先の一つとして公務員が脚光を浴びているように見えます。確かに公務員試験の受験資格はほぼ年齢要件のみで、「新卒者に限る」「経験者に限る」的な門前払いが少なく、ペーパー試験重視、さらに入庁後も自由な時間がありそうで自分なりの研究もできそうです。学歴を持っていてもそれなりに活用できそうな気もします。
 ということで、確実に大学院出身者の公務員は増加している気がします。ということで、多少なりともお役に立てればということで、Q&A形式で、「大学院と公務員」についてまとめてみることにしました。

 間違いや勘違い、認識違い、あるいは質問や感想などありましたら、何なりとご連絡ください。

2009.4.28   いそべさとし(某県事務職員)

→「国家公務員・都道府県職員・市町村職員を比較してみました」へはこちらへ


Q1 そもそも、あなた自身はどうして大学院をやめて公務員になろうと思ったのですか?

A1 研究者には向いていないと思ったのが一番かも。

 私はそもそも心理学の研究者になりたいと思い、心理学分野で日本有数の大学である筑波大学(昔の東京教育大学)に入学しました。その後、ほとんどぶれることなく、大学院博士課程に進みました。筑波はいろいろと変わった大学で、大学院入学時から「研究者養成のための5年制博士課程」と「高度職業人養成のための2年制修士課程」に分かれているのですが、当然前者の5年制博士課程に進学したわけです。
 ところが、研究室に入って研究を続けるにつけ、どうも、「学問を勉強する」ことと「研究する」ことの違いに気付き始めました。既知の知識を自分のものにしていく勉強に比べ、未知の知識を自分で見出していく研究は方向性も定まらず、どうしても勉強で得る知識に比べるとプリミティブなものに留まってしまいます。僕は学者にはなれても研究者にはなれそうにない、そして昨今の風潮では学者は許されないということが、大学院に入って研究を続けるにつれ、徐々に分かってきたのです。
 もう一つ大きな転機は「阪神・淡路大震災」でした。私は心理学でも動物実験を行う分野にいたため、出身地であるにもかかわらず、多くの人がボランティアに行った際、何もできませんでした。実験室でこもってこのような実験をしていることにどのような意味があるのか、自分に特性があるならともかく、明らかに無いのであればもっと他人の役に立つ仕事をすべきではないかと考えたのです。
 そして、2年間で修士論文を書き、(かなりおまけしてもらって)修士号をもらった上で、翌5月に公務員試験を受け、無事地方公務員となったのです。


Q2 修士2年ですが、博士課程には進まず、事務系公務員を目指す予定です。
   修士論文作成をあきらめて、公務員試験の勉強をしたほうがよいのでしょうか。


A2 修士+1年をお薦めします。できれば修士号は取っておいた方が、いろいろと有利です。

 実は、公務員の場合、大学院経験は職務経験に振り替えてもらえます。これが、卒業(修了)と中退では率が違うのです。当然、卒業(修了)の方が高い率になります。このスタート時の違いは公務員を続ける限り永遠に続きますし、ボーナスも月給の何カ月分として計算されますから、たとえ毎月では数千円の違いとしても、生涯賃金ではかなり大きな差となってきます。
 また、最近は各自治体も大学院に職員を派遣をしていますが、その大きな目的の一つが「修士号の取得」です。自分で取っている人は派遣する必要がないわけですから、自治体サイドから見ても修士号を持っている方が有利です。
 私も修士論文を書いていて思ったのですが、修士号ではおそらく学問を修めることはできません。ただ、way of thinkingというか、物事の考え方・とらえ方は確実に訓練することができます。その方法論はかならず公務員の仕事をする上でも役立つはずです。せっかく大学院に入り、修士論文を書く貴重な機会を与えられたのですから、それは十分に活用したらいいじゃんと思います。
 公務員試験の勉強は確かに大変ですが、修士論文が2月にはほぼ上がるとすれば、そこから試験まで約3カ月。短期決戦で追い込みをかけるのも悪い手法ではないと思います。むしろ、だらだらと15カ月もある方が確実にだれそうです。で、夏に合格すれば、そのあと約半年間、人生の中でも非常に貴重な「他人からあまり文句を言われず、自分でも落ち込むことのない、長い長いお休み」が与えられます。これを使ってバックパックで海外を放浪するも良し、市民劇団に取り組むもよし、他の人にはできない貴重な貴重な経験ができるはずです。


Q3 修士1年ですが、公務員試験に合格してしまいました。
   公務員として勤務しながら修士号が取得できますか。


A3 実例もなくはないですが大変です。職場の理解が何より大切かと。

 修士1年の時に力試しで公務員を受けたら受かってしまった。このパターン、意外と聞きます。
 正直なところ、理系の場合は論文作成に実験が必要な場合が大半で、それを公務員仕事(それも慣れない状況で)をこなしながら行うのは事実上不可能かと思います。せっかく受かった公務員を蹴って修士論文を書き次年度に再度受験するか、修士論文をあきらめて公務員になるか、一概には決めづらいところです。担当教授や先輩などにも相談しつつ、決めるしかないのかなと思います。
 一方、文系の場合は、1年目に必要な単位はすべてそろえてしまうことが通例ですから、2年目は論文作成だけになります。とすれば、その2年目は仕事しながらというのも不可能ではありません。事実、文系分野は最近、夜間大学院が増えてきて、そういう指導手法に教員も慣れてきているというのもあります。また、多少お金は余計にかかってしまいますが、修士論文を2年かけて書くという方法もあると聞きました。1年目は初任者研修だの同期の飲み会だので意外と多忙ですから、それも選択肢として十分考えられます。
 自治体によっては配属などで多少考慮してもらえることもあるようですので(定時きっちりで帰れるような職場に配属など)、事前に人事当局に申し出ておくとよいかと思います。また、新しい職場でも上司・先輩にきちんと報告・相談しておけば、公務員職場というのは意外と個人的理由に寛大ですから、容認や応援をしてもらえるかなとも思います。大変ではありますが、せっかく大学院に入ったのですから、チャレンジする価値はありそうです。


Q4 国家公務員と地方公務員(都道府県、市町村)はどれがお薦めですか。

A4 個人的には都道府県をお薦めしますが、ご自分の興味関心にあわせて。

 国家公務員と都道府県職員、市町村職員の違いは、こちらに書いたので、大学院をやめてから行くのには、という観点から書きますね。
 正直、どれもありなのですが、入庁年次がすべてで、入庁前の経験はあまり重視されない国家T種はやめておいた方が良いかと。「お役所の掟」にもありましたが、都道府県や市町村の役所に比べても国(本省)というのは単に何年いたかという在籍年数が重視される組織のような気がします。一方、市町村はそれこそ規模もいろいろなのですが、全員に自分の素性が知れ渡っており、いちいち大学院をやめた理由を説明しなくていは行けなかったりする鬱陶しさがないともいえません。その点、都道府県というのは、組織も適度に大きいため匿名性があり、実際に大学院くずれも多く、また大学院派遣で大学院の実態を知っている人も多いため、そんなに色眼鏡で見られないという利点があります。
 ちなみに、自分が都道府県を選んだのは、「すでに25歳で一回人生に失敗しており、もう一度の失敗は許されない。一生懸命仕事することも、出世に敗れてのんびりと公務員生活を送ることもできる、幅と選択の広さが都道府県職員にはありそうだ」というのがかなり大きな理由でした。人生に失敗うんぬんとは今では思っていませんが、幅と選択の広さは確かにありました。数年前と今で何と状況の違うことか…そして、どっちの方が良い人生とも言えないところがまた、都道府県職員の奥深さでもあるのです。


Q5 全く違う分野(理系等)から事務職公務員への挑戦は可能でしょうか。

A5 公務員生活自体が全く違う分野への挑戦の連続です。全く問題ありません。

 公務員というのは、たとえ技術職で入ったとしてもその分野で様々なことを体験します。たとえば、私の同期の土木職の人は、大学時代橋梁を専攻していたものの、最初の配属は漁港、次に海岸、そして海を離れて河川、今は道路と、10年ちょいで次々と担当分野が変わっています。これは決して特殊な例ではありません。専門性の高そうな心理判定員にしても、児童相談所で相談に乗るのみならず、病院勤務や不登校児のための学校勤務、さらに障害者施設での勤務など、多岐にわたります。薬剤師も、病院と保健所ではしている仕事が全く違うそうです。公務員は専門職であっても、その分野の中で幅広い仕事の経験を積むのです。
 当然、事務屋も様々な経験を積みます。私の場合は、広報、観光、財政、科学振興と、財政分野を除きある程度一定の傾向があるのですが、財産管理、福祉、外郭企業の経営改善、秘書とか、防災、福祉、法律、国際関係とか、そんなルートの方もいらっしゃいます。違う分野のことには取り組みたくない、自分はこの道一本で生きていきたいという人は、まずもって公務員という選択自体をやめた方が良いかと思います。
 その上で、環境や科学振興、あるいは財産・公債管理や情報システム管理など、明らかに理系の方の方が能力を生かせる分野も、事務屋の職場の中にたくさんあります。知識というよりは、理系的な考え方が役に立つ気がします。事実、私の知っている中にも理系的な分野から事務系公務員になられた方というのは複数おられ、みなさん結構活躍されています。
 法律ってわからないというのがあるかもしれませんが、公務員試験で出るような基本的なことさえ押さえていれば、あとは仕事に就いてから必要に応じて学べばよいのです。というよりも、仕事によって必要な法律というのは全く変わりますから、事前に勉強することはほとんど役に立たないのが実態です。
 理系の考え方を持って、公務員職場に新しい風を吹かせてくれることを、期待しています。


Q6 年齢の違う大学卒の子たちと話が合うか不安です。

A6 自分で思っているほど年はとっていないものです。気分も若返りますよ。

 私自身、入庁当時、他の人よりも約3歳年上なのが気になって仕方ありませんでした。ところが、良く話を聞いていくと、民間経験があるだの、浪人しただの、留学しただの、海外放浪していただので、24,5歳の方が多いぐらいでした。当時、私の自治体は受験資格が27歳までだったのですが、その年の方もいらっしゃいました。
 どうもこのバラエティの大きさは公務員ならではのようです。10年ほど前に関して言えば、民間企業の場合、まだまだ新卒採用の色彩が強かったと思います。その受け皿の一つとして公務員があったというと、言い過ぎでしょうか。
 いずれにせよ、プラスマイナス10歳ぐらいはなんとでもなるものです。学生時代は1つ年が違うだけで大違いでしたが、社会人になればほんのほんの小さな差。それよりも、これまでいかに生きてきたか、人間としての深みや能力が問われる世界になります。小さな歳の差なんて吹き飛んでしまうのです。
 一方、若い人の話に合わせていくことで、なんとなく自分自身も若返った気分になれるという利点もあります。もちろん大人の落ち着きや熟慮も身につけていくべきではあるのですが、いつまでも気分は若々しく、前向きでありたいものです。若い人に交じって付き合うのは若返りの一つの方法だと、ここはどーんと構えましょうよ。


Q7 修士号(博士号)を持っていることで周囲から色眼鏡で見られないか不安です。

A7 意外と学位を持っている公務員っています。ほとんど気にされません。

 特に国や都道府県では、大学院派遣という制度があるところが結構あります。また、大学院の大衆化(?)に伴って、そもそも公務員になることを前提にして2年制修士課程大学院を卒業している人も結構増えています。また、公務員は他の仕事に比べて時間があり、またやっていることも公共性が高いからか、自分の仕事の分野で研究や論証を進めて、論文を書いて博士号をとってしまう人も結構います。
 さらに本論から外れてしまいますが、音大卒や芸大卒の方もちらほら…。また、卒業していない人(中退)もいたり…。公務員って、おそらく民間企業よりもずっと多種多様な気がします。試験に受かりさえすれば、性別や学歴で差別されることはまずないという安心感もあって、多様な人々が集まってきているのでしょうね。この前歴の多彩さも、公務員の面白い点の一つです。


Q8 普通に学部卒で公務員になるよりも大学院卒の方が有利なのでしょうか?

A8 生涯賃金でいえば、あきらかに学部卒の方が有利かと。

 先にも書きましたが、公務員の場合は大学院在籍の時間が「経験」としてカウントされるため、入庁時には大学卒よりも大学院卒の方が給料は高いです。しかし、当然ながら経験でカウントされるのは最大でも100%…。大学院に通っていた2年間(+α)は給料がもらえず、定年は学部卒でも大学院卒でも同じですから、どう考えても学部卒の方が生涯賃金は高くなります。
 となると、学部卒を抜こうとすると、大学院卒の人は他の同期よりも早く出世し、より高い給料をもらう必要があります。ただ、私の知っている限り、大学院卒で入庁した人の方が出世しやすいという話を聞いたことはありません。もっと言うと、私のいる自治体では高卒と大学卒でも、出世には余り差がありません(最も出世に近いと言われている財政課であっても、昔から初級入庁者(高卒相当)がかなりいらっしゃいます)。
 ということで、公務員の世界では、生涯賃金で言うと早くなるに越したことはないのですが、大学や大学院に行く意味というのは単に高い賃金を得るための投資だけではありません。そこで物事の見方を広げたりするのも、また重要なことだと思います。少なくとも、若いうちでないと覚えられないこと、勉強できない事っていっぱいあるなあと、最近某学校に通っていて思います。


Q9 自分の専門分野を選んだ方が良い?それとも事務職の公務員のほうが良い?

A9 自分で決めるしかありませんが、キャリアパスや付き合う人は全く変わりますよ。

 私も大学院をやめる際、たまたま学んでいた学問が公務員試験の区分にもある分野(心理学)だったため、その専門職で受験するのか、あるいは事務職にするのか、ほんの一瞬迷いました。ただ、私の場合、心理学でも最終的に専攻していたのが実験心理学の分野であったこと、昔から法律や経済は好きだったこと、そして何よりも公務員への転職が「いろんなことをやりたい」という思いに駆られてだったことから、事務職での受験を決めたのです。
 たしかに、大学院まで行っていれば、大学院受験のために専門分野はある程度幅広く学んだのでしょうから、試験対策もあまり必要ないかもしれません。ただ、その後の一生の仕事は完全にその分野だけになってしまいますし、人間関係もその分野だけになってしまいます。それがいいかどうか。その方がいいし、自分の能力を発揮できるという人も必ず居るでしょうし、逆もまたいるでしょう。
 これは、なぜ大学院をやめたいと思ったかに密接に関係してくると思います。大学院の生活は2年、長くても5〜7年ですが、公務員としての生活はその後の20〜30年も続きます。単に入り口の入りやすい入りにくいでなく、十分に考えて道を決めて頂ければと思います。




いろいろと書きましたが、
たとえ実利的な意味がなかったとしても、
大学院にいた数年も、大切な人生の中の、大切な数年間です。
気負うことなく、引け目に感じることなく、
その経験を胸に秘めつつ、日々の公務をがんばってください。

ご参考まで。


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