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神戸人が旅する神戸・その7 御影公会堂 (神戸市東灘区御影石町) 水害に残った。戦災にも残った。震災でも残った。わが故郷・御影の誇りでもある御影公会堂。ここと周辺の酒蔵を舞台に、神戸市の事業「神戸建築物語」が開催されました。全2回で紹介します。 |
種別:建築物(公共建築、レトロ) |
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・行き方など 私の家からはひたすら徒歩なのですが、普通は阪神石屋川駅から歩く(徒歩5分程度)のが普通です。また、路面電車転換バスである「阪神国道バス」利用や、阪急六甲・JR六甲道・御影公会堂前・阪神御影とつなぐ「神戸市バス」もあります。 |
・周辺 国道沿いで店舗やマンションが立ち並びます。また、ラーメン屋が多かったりします。 |
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・利用するのは 普通は食堂でしょう。オムライスが有名です。私自身は講堂で何度か集会に参加したり、映画を見た経験があります。 |
御影を代表する建物といえば、おそらく10人中8、9人が上げるであろう昭和の名建築がこの「御影公会堂」です。国道と六甲山方面に抜ける道との境にあり、当然ながら生活の中で何度となくこの前を通っているのですが、実は、食堂以外の内部を建築物としてしっかり見たことはありませんでした。たまたま神戸市の事業で御影公会堂の建築紹介があるのを知り、早速申し込みました。実は、この御影公会堂、一度は改修される運命にありました。平成7年1月1日、新年の新聞紙上で、この御影公会堂を柔道の殿堂「嘉納記念館」とすることが発表されました。現在の建物は耐震性にも問題があることから、正面玄関部分のみを残して、北側を新しい建物にする計画だったそうです。ところが、それから16日後の平成7年1月17日、阪神・淡路大震災が発生します。周囲の建物がほとんど全半壊する中、昭和8年建造のこの建物はびくともしなかったのです。多くの被災者の避難場所として、またボランティアのランドマークとして、活躍を続けました。 しかし、今回見学して感じたのは、内部は確かに頑丈なものの、哀れなまでに傷み切った姿でした。講堂の椅子は半分程度が使用禁止でシートが割れており、壁はボロボロ。使われていない施設や部屋が多い一方で、エレベータ―などのバリアフリー施設は全くない。講堂では、フルに暖房を入れてもほとんど効かない。トイレはきれいなものの、ひんやりじめじめ。もしあの施設で会議を開くとしたら、ちょっと二の足を踏んでしまうのではないかといった施設でした。建物の保存か改修かはどこでも難しい問題ですが、早晩に結論を出さないと、結局誰も使わない施設になってしまうのではないかと危惧します。 実は、震災10周年で再度、改修の調査費が付いたそうですが、すでに他地域にも武道館ができてしまっており、多少違った形の計画になるそうです。建物の基礎自体はしっかりしているのでしょうし、3度の災害を耐えてきたという建築学的・歴史的経緯も踏まえると、極力現状を生かした上での改修を望みます。ちなみに、有名な御影公会堂食堂は決して老朽化しておらず、気持ち良いレトロな空間です。席数が多い割に、食事が出てくるのがかなり遅かった気がしますが、それも時間の流れがちがうと許せてしまえるような空間です。伝統の技のオムライスも良いですが、外の日光を間接照明で柔らかく取り込んだ空間がなによりのごちそうなのです。のんびりとした気持ちで、ぜひ訪れてみてください。(2009年3月訪問、2009年3月掲載) |
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| 側面は階段状で、どこに講堂があるのかすぐに分かる。 | 丸い窓が印象的。焼夷弾の直撃を受けた個所もある。 | 煙突一つとっても印象的な建物。遊び心がある。 |
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| 御影公会堂は、一般には建物よりも食堂の方が有名かも。 | 食堂は地下だが、窓辺をくりぬいて日光を採り入れている。 | 正面玄関の電灯も昭和レトロ。あんどん風。 |
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| 市関係のステッカーなどが貼られ、あまり趣がない玄関。 | 入ってすぐの入口ホールは意外と天井が低い印象。 | 巨大な柱に支えられた階段。この柱が震災に耐えた。 |
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| 講堂の座席に旧御影町のマーク。幕は旧御影工業高校。 | これぞ、まさに綱元。逆に取り扱いが大変そうである。 | 舞台機構もいたってシンプル。バトンをつっているのは竹。 |
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| この建物を特徴づける展望台。円を多用した独特な意匠。 | 屋上からは六甲山系とその下に広がる住宅街が一望できる。 | 外壁に使われているスクラッチ煉瓦。昭和初期に流行した。 |
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| ここからは小ネタ集。玄関ホールのレトロな電灯。 | 建設費の大半を寄付した嘉納治兵衛氏。白鶴酒造の社長。 | 夫婦鶴がいるのは、昔は結婚式場でもあったためだろうか。 |
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| 地下1階にはレトロ風味な看板多数。字体が昭和している。 | 結婚式もやっていた名残。結婚式場は83年に閉鎖された。 | 色使いがレトロ。ご覧いただき、ありがとうございました。 |